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senryu0081

  図書館に併設するはすぱらしい ITO市の経歴記載問題の渦中でこんな提案があった。図書館と温浴施設の複合を計画しているそうな。果たして市長は本をお読みになったご経験がおありになるのだろうか。書物の大敵は湿気と紫外線と虫と稚児である。図書館学を専攻する必要は無いが、普通に考えれば判りそうなものだ。人類の英知と芸術を守る為に知性の欠片もない者を管理責任者に据えてはならない。抑一般人の立入前提なのが妥当であるか再考を要すると迄申したい(保守強硬)。 _/_/_/_/_/ 最近の書庫番は不思議が一杯。出版日が五年以上前だと受入れないとか、利用記録の無い貴重資料を除籍するとか、自称自己啓発本や準新書の技術書を充実させるとか。世も末だ。 近刊を詰めるよりも古典を取寄せた方が良い。文庫本なら三倍の冊数を揃えられる。例えば漱石の小説はいかがだろうか。洋書を廉価で集積するのも可能だ。 除菌の為に巻帙を紫外線に曝すのは角を矯めて牛を殺すが如きである。導入する前に司書の良心に尋ねるべきだったろうに。 TRC、蔦屋等の民間企業に業務委託してから総て狂ってしまった。公立には期待すまい。 鯫生が郭隗になるのも吝かではない。

zekku0026

  京師靈囿。 衚衕別倘佯。前虎後門狼。福瑞洵多幸。窺窬褫獸裝。 韻陽(下平)、平起、五絶。 衚衕は倘佯する別れ。前の虎後門の狼。福瑞洵に幸せ多し。獸裝を褫ふを窺窬す。 注釈。京師靈囿、都の動物園。衚衕、通抜けに使う小路、裏通り、蒙古語からか。別、不要の約まった語、~してはいけない、(今仮に勿れと訓んだ)。倘佯、徜徉とも、彷徨い歩く。承句、前門の虎後門の狼の故事成語を流用。福瑞、 furry の音訳語、ケモノ。窺窬、隙をうかがう、又、分不相応を望む。褫、褫奪、衣を剝取って奪う。獸裝、 fur suit 、ケモノの縫包み。 ケモ速を漁っていたら note の面白い翻訳記事を紹介していた。興が乗って一息に創作した。完全に箍が外れている。眼福眼福。現代の中国の子だったら毎日が薔薇色だろう。親に出資して貰えるなんて。但し、大抵自分の根源的な fursona は明かさないのが嗜み。三次元の物体が無くとも想像で補うのが教養です。もふもふ。 どうしても此の手の会を開く場所が裏通りの印象で、自分の想像に於けるアングラ感が抜けない。精査すると結構大規模な商業施設で催しているようだ。よってこの詩の描写は現実味を欠いている。とは言え数人がこっそり語らっている状況に憧れはする。細い道で虎と狼のケモノに誘われたい。縁側でだらだらしているケモショタ仲良し組を眺めるのが夢だ。 _/_/_/_/_/ 恐らく機械生成によるだろう文中の解説画像のケモ度が尽く低い。猫直し。序でに日本がケモショタばかりとは誤解を与える表現だ。余りにも浮世離れしているので作文を疑ってはいるが、もふもふ。老婆心乍ら、此の界隈にも危ないおじさんが雑ざっているので注意されたし。 ソウセイハマットウナムササビダヨ。 題名の四文字目が有限会社の記号と紛らわしいが、国構に有。 実の所初めの二字には隘巷や横術等としたかったのだが平仄が合わなかった。但し、滬上で着ると汗だくだろうから北京辺りで良かったのかもしれない。 今推敲を試みると転結が飛過ぎていて収拾不能かと焦っている。

senryu0080

  ノンデリと飲んで吏途より外れけり ノンデリは non-delicacy の略で社会的知性の劣らくを言う。 要するにハタショ(ASD)。 鯫生は定型群に混ざれない欠陥品なのでお茶会を持つと未来予想図を歪めてしまうかもしれない。それでも良いと仰って頂ける方々の為に和平の話柄を書連ねているのです。無為が恋しくなったら是非いらっしゃって下さい。御持たせは魑魅魍魎海千山千観察記を所望致します。捫蝨事と切って捨ててしまう可能性も無きにしも非ずですが勘弁願います。

zekku0025

  経済戲畫。 人自有明愚。賢耕魯守株。可惆金異用。或養或開窬。 韻虞(上平)、平起、五絶。 人自づから明愚有り。賢は耕し魯は株を守る。惆むべし金の異用、或いは養ひ或いは窬を開く。 注釈。守株、柳の下の泥鰌、韓非子五蠹より、勿論先行き不透明な株式投資に賭ける者をも風刺する。転結、異なる金の使い方を嘆く、窬はくぐり戸。呂氏春秋異用に「仁人之得飴、以養疾侍老也。跖與企足得飴、以開閉取楗也。」とある。辞書に略して「得飴以養老、得飴以開閉」と記載する。 今年十月朔日の作。実は来歳の詩幣に当たる催しで発表する予定だったが、うかうかしていられない状況になったので急ぎ絶句だけ発表する。寸鉄殺人。他に英詩と川柳も合わせて持参する心算なので、又、恐らく別の作品も思付くだろうから、来年の七月頃も楽しみにしていて下さい。 株価の乱高下に一喜一憂して日本の将来を食荒らすのは絶対に許さない。トリクルダウンなる美辞麗句にはもう懲り懲りだ。 _/_/_/_/_/ 実は結句の下三言を或開帑としていたのだが国帑の意味では発音が違った。 orz 妻子の義の時に通用する。

haiku0375

  冷まじき朝の風に耳洗ふ 秋らしさを特に感じない儘冬を迎えようとしている。近日の朝晩の冷込みは凄まじく布団を被って寝衣を纏わないと風邪を引く。但し、程よい寒熱の刺戟は心身を引締める。今日も一日一句を続けるだけである。

zekku0024

  蔦蘿、和韻春寒。 秋庭縷縷紅。無比向村中。恰似夭夭姪。仍松戰協風。 韻東(上平)、平起、五絶。 秋庭の縷縷たる紅。村中に比ひ無し。恰も夭夭たる姪に似たり。松に仍りて協風に戰ぐ。 注釈。蔦蘿、縷紅草、歳時記では晩夏の花。夭夭、若くて瑞々しい。姪、今回は甥の事、日本語では認めない用法。仍、纏わり付く。戰協風、穏やかな風に揺れている。 唐突な子褒めと穏やかな秋の花。ぎすぎすした調子になりかけた為急いで修正した。緊張感のある詩が続いていたので偶には箸休めに。凡句も亦た宜し。

haiku0374

  秋の灯よ降水確率低かりき 教訓:降らずとも雨の用意を。 先週の土曜日は浜松の本屋を巡った。典昭堂では雨をお告げして新書を数冊贖った。時代舎では季節ごとの漢詩の本と岩波文庫の荘子を買った。三度目に漸く辿着いた百寿堂では御店主とお話しする時間があったので名刺を交換した。駅の谷島屋では地域の本棚を立読みし、某創刊号の残部数を数え(たが、具体的な数字はもう忘れた)、ユングの茶色の書挟が未だ片隅にあるのを確認した。冷たい雨の中良い時間を過ごしたと思う。但し、雨脚が強くなるのを警戒して日没後そのまま帰ったので中田島では朗読できなかった。済みません。今週こそ晴れて欲しい。

zekku0023

  秋櫻祭。 郢曲合吁嗟。何能語井蛙。嘗充三頃隴。現有百輪花。 韻麻(下平)、仄起、五絶。 郢曲合に吁嗟すべし。何ぞ能く井蛙に語らん。嘗て三頃の隴を充たすも、現に百輪の花有るのみ。 注釈。郢曲、淫らな音曲、田舎びた歌、元は楚国のものを貶して言った。吁嗟、クサ、嘆かわしくて溜息を吐く。三頃隴、広い畑、周代の三頃は約5.5万平米。現有百輪花、勝手にのみを補ってしまった、許し給え、(抑百輪も無かった、七十輪程だろう)。 すらすらと転結の対句が浮かんだのでそのまま一首書上げた。激辛だが。コスモス祭りというよりはコスモスの開花に託けてはっちゃけたい DQN 金持ちの為の 馬鹿騒ぎ 集会だった。前週の秋祭と同じ顔ぶれではないかと疑っている。 子供の頃見た花畑は地平線迄続いていたとは大袈裟だがそれでも迷路の様だった。昔の網上の資料を調べると五百万本、七万平米との数字があった。近隣市の松潤大名行列の嵩増しも記憶に新しく宣伝文句は信用に堪えない。併し零細地方公共団体にとってはおらが町の自慢にはなり得る規模だったろう。家族写真を探ると未就学児の頭上に万葩が咲誇っていた。誰とも会わず気兼ね無く只管に一日中彷徨うも寝そべるも可能だった。 最近の催しや店舗は何処へ行っても余分な背景音楽が垂流しで何らかを購入しないと居座ってはいけないような圧力を感じない處は無い。無何有郷、本当に自由な空間はこのままでは消滅してしまう。何度も申すが鯫生はクオリアシティを考えたくないのだ。一月の展示もロハで何日でも滞在したくなるようご用意出来たらと存じます。市庁舎なので慌しいが努力致します。 T9ZONE展開! _/_/_/_/_/ 尚、同作品中の理想郷は偏狭でない猫族の集落である事は言を俟たないだろう。もふもふ。 老害は年齢ではなく性格だとの記事を流読みしたが、図らずもその典型となってしまった。これでもピッチピチなのよ。勿論腹回りの事。 度量衡を知ると対句が創り易くなる。国語又は歴史便覧或いは国語又は漢和辞典等に載っているので覕せられよ。

haiku0373

  狼よハダカザルを祭り給へ 豺(一説に狼)獣を祭るは霜降の初候。格好良いので破調にしてでも使いたかった。例句は血生臭い物が多く人類の辱知の祖先を凶暴で知性が見えない装置の様に詠ってばかりだったので多少傷ついた。祭りと表現するからには神職や為政者に準ずる敬意を払って然るべきかと考える。西洋被れが大和言葉で大いなる神と呼んだ由来を解さずに蔑んでいるのが総ての元凶だろう。 イザングランとエルサンもふりたい。 抑、此の食肉目の凶暴性は天稟ではなく後天的に感染する寄生生物が引鉄となる。トキソプラズマが移る事が単独で生延び集団を牽引するのに有利に働くとの研究結果がある。世の中が好みそうな措辞だと進取性や勇敢さを獲得し進化すると云った所か。(無論生物学的に此の用法は正しくない。) 例えば米国の国立公園での観察を読むと、保護されている時は案外従順で、狼子野心は嘘八百と断ぜざるを得ない。指導者(婉曲的用語)の疑心暗鬼だろう。 地球の何処かに毛の無い鼠をハダカデバネズミと名付けて、知恵ある者を僭称する種族があるらしい。鯫生は其の外見と此の慣習を鑑みてハダカザルと呼びたい。間引きの必要がある程の個体数なので森の気高きけだもの(狼、虎や熊)に狩られた方が他の生物の為になるかもしれない。DQNと暴君を優先的にお願いします。 _/_/_/_/_/ 今日も群れに対する忌避感ましまし。

zekku0022

  恧平生、得狂字。 予雖傲二郎。未省背爺孃。雁字鶯梭事。纔醫櫟散狂。 韻陽(下平)、平起、五絶。 予傲たる二郎と雖も、未だ省て爺孃に背かず。雁字鶯梭の事、纔かに櫟散の狂ひを醫すのみ。 注釈。未 省 ● 、未 曾 ○ に同じ、尚、 嘗 ○ てと訓むが単独では用いない。爺孃、父母。雁字鶯梭、漢詩文を飾る事。 櫟 ● 散、 樗 ○ 散に同じ。 何やってんすかね。それでも止められないのですよ。周りの人には白居易を引いて忠告しますがね。「莫学二郎吟太苦、纔年四十鬢如霜。」鯫生の場合は詩をひねった末の困窮ではなくて先に発狂があったのだが些細か。 _/_/_/_/_/ 題を狂の字を得てとしたが、実際には梭の字を調べていたら見つかった四字熟語を使いたかっただけです。サ(又は杼チョ)は機織りのひ。さす。シャトル(シャトルランやスペースシャトル、シャトルバスのシャトル)。経糸の間に緯糸を通す流線型の器具。多分乙類の語。古事記の「梭に陰上を衝きて死にき」の用例が真名の為判別不能だが複雑な衣服に関する裳や杼が乙類の仮名であるのでこのような類推も可能かも知れない。尚、毛は甲類。縄文人はイケてる皮衣を纏っていたのではなかろうか。 もふもふ最高。 脱線し過ぎた。 以前取上げた筬(をさ)もワ行オ列を頭に置く二音節語なので矢張織仕事は比較的後世の事物なのではなかろうか。日本語史上の乙類は甲類に後れる概念と見做すのが自然に思われる。 詳しくは連結先(弊リンク集投稿記載)達王先生の網録をご覧になって下さいませ。(責任転嫁)