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ラベル(雨(部首))が付いた投稿を表示しています

zekku0197

  夏日詠懷。 豪吏冥頑多滯淹。歪文蔑殺襯濡霑。乾靈輻射如蒼耳。溽熱糾纏若豨薟。 韻塩(下平)、仄起、七絶。 豪吏冥頑にして滯淹多し。文を歪め襯の濡霑するを蔑殺す。乾靈の輻射するは蒼耳の如し。溽熱の糾纏するは豨薟の若し。 注釈。滯淹、賢者で世に出ない者。襯濡霑、汗取りのぐっしょりと濡れている者。乾靈、天の神、又、陽精のこと。蒼耳、植物名、葈耳。豨薟、植物名、めなもみ。 先日に続き、クリエイト浜松で 「遠州炎帝隱雲簾」 と秀逸な句を呟かれたので同じ韻目で返答した。めなもみは知らなかったが一覧表で発見したので用いた。葈耳(おなもみ)と豨薟(めなもみ)とは機能が収斂している。両方菊科で、前者は棘、後者は腺毛(別名粘毛)があり衣服や毛皮にくっつく。似た生態の差異を男女に譬える命名の感覚は普遍的だと三嘆した。尚、豨の字は両韻とあり、今回は仄字として並べたが、現代では平声が一般的である。 _/_/_/_/_/ 韻について 野暮な記述 を足したが、何かの参考になると幸いだ。 二年前の  haiku0041 の頃から変化していないのが良く判る絶句である。

zekku0191

  自戒。 鳳穴愈莓莓。海容相慰誨。雖心惑厭霉。莫使尾生悔。 韻隊(去声)、灰(上平)、仄起、五絶。 鳳穴愈よ莓莓たり。海容して相ひ慰誨す。心惑ひ霉を厭ふと雖も、尾生をして悔いしむる莫れ。 注釈。鳳穴、詩文の才のある人が集まる所。莓莓、草木が茂って肥沃な様。慰誨、慰め教える、辛抱強く諭す。霉、梅雨、又、黴。尾生、橋の下での待合せの約束を守り増水しても避難せず橋脚に摑まり遂には溺れてしまった人、此処では律儀な人の譬え。 尾内氏の短歌「部首はもう忄となっている春の夜更けの淡い嘘つき」を読んだ。立心偏に変わると残念な気持ちになる漢字は何かと考え、其の答えの一つで韻を踏んだ詩。他には魂、清、純なども思付いた。再び確認すると、解釈の方向が誤っていて、決の話をしている可能性も考えた。或いは乱か。文中の淡もあり得る。春の夜更けの淡い星や月か。音で付か。多義的で難しい。新聞に投稿したらしいので常用漢字の話をしている気がするのだが。札占いの如く読み手の心を映す詩歌だろう。 _/_/_/_/_/ 或いは鯫生の野狐禅をおちょくっているのだろうか。

zekku0179

  氣田汲水、丙午六月。 雲忽到溪流。雷轟雹打頭。與耆纏濕布。闊達忘殷憂。 韻尤(下平)、仄起、五絶。 雲忽ち溪流に到る。雷轟き雹頭を打つ。耆と濕布を纏ふ。闊達として殷憂を忘る。 注釈。濕布、霑衣の意味、医療器具ではない。殷憂、大きな愁い。 確かに驟雨の予報を知っていたが、まさか水汲みの十五分間だけ降られるとは思わなかった。落雷がなかっただけ良かったと思う事にする。梅雨は何処にあるのやら。

zekku0109

  砂上詠懷、入聲十七韻其十三。 佳人廊響屧。醉客私追躡。不識鴆瓊觴。樓臺空霎霎。 韻葉(入声)、平起、五絶。 佳人廊に屧を響かす。醉客私かに追躡す。鴆の瓊觴を識らず。樓臺空しく霎霎たり。 注釈。響屧廊、春秋呉王の宮中の廊下で西施の為に造ったと伝わる、歩くと靴の音が響く。追躡、跡を追う、追いかける。鴆瓊觴、猛毒の入った玉杯。霎霎、風雨の声。 下手な漢詩が続いたので力を入れた。但し、下三文字の切れがいつも1+2になってしまうのをどうにかしたい。

zekku0079

  所感關於所謂御宅。 巡禮舞臺天降霰。觀千活畫冬中倦。作詩繙讀忽三年。宅趣銅錢寧足羨。 韻霰(去声)、仄起、七絶。 舞臺を巡禮すれば天霰を降す。千の活畫を觀るは冬の中ばに倦む。詩を作り繙讀すれば忽ち三年。宅趣銅錢寧ぞ羨むに足らんや。 注釈。巡禮舞臺、舞台はロケ、聖地巡禮の言換え、尚、今日は大陸でも聖地巡礼と書く。活畫、アニメーション、明治時代の語ではない。宅趣、オタク趣味、家のおもむきではない。 読書詩作忽三年と浮かんだので整理して転句に据えた。韻は年に近い音を選んだ。 経済調査の対象となるオタクはサブカル系でしかない。旧き良きネット民を懐かしむ。 _/_/_/_/_/ 本日からのぶすま書院一周年展が袋井市民ギャラリーで始まりました。今回は平常運行ですが、皆様との交流を詩に出来たら嬉しゅうございます。

tanka0037

  靉靆を外した空はポリゴンやツクール2000より荒荒し 極端な容量でないゲームは現実よりも鮮やかで穏やかだ。眼鏡を着けないともう真面に自然を観察できなくなっている自分が情けない。それでも犬に優る感光器官だろうから、諦めるのは早いのだが。全身を動員すべきだ。言葉の砂場から出て見に行きたい。 _/_/_/_/_/ 邏輯學家は人間の為なら動物や自然を損なうことは厭わないとの解説があるが、正しくない。名詞の位置が真逆である。或いは、ホモサピエンスの基準が厳しいとも言える。ヘテロエレクトス(只直立二足歩行しているだけの裸猿)を同胞とは見做せない。地球中心主義の為には奸佞邪知の排除を鞭声粛粛とこなすだろう。 所謂論理学者が論理を振翳すのは敵対した時だけだ。無謬の開陳は思想弾圧に通じるので先ず実行しない。殆どの時間は和やかなので、情報収集家と呼ぶのが妥当だろう。

haiku0089

  霹靂(かみとけ)の闢く八月の穭田 靊霳や霹靂や雷霆と書くと強そうに見えて、稲妻(夫)と書くと靭やかに感じる。雷を表す語は主に夏の季語であるが、稲妻は初秋の季語だ。 穭田は稲刈りが終わった後の株からほっそりとした茎が生えているのがぽつぽつと見える田圃のこと。当然羊の群れが居座っている訳ではない。櫱の生命力に満ちた印象とは逆に、瀟殺たる情景が見える。 再生二期作が最近は盛んになってきているらしい。巨人が雷霆の鋤や鍬を振り下ろし土に力を注入しているような映像が浮かんだ。そうして、余孼から新たな命が育まれる気がする。伝統的な稲妻の解釈を見直す時期になったのかもしれない。 靊霳にはついでに秕政を鋤蹶斬断して欲しい。

haiku0063

  凌霄花の陵を日照雨の屑屑と 凌霄花が蔓の先に5輪程纏まって咲いている所に戯がパラパラと降って一際煌めいて見える。庭先や生垣の凌霄花も乙だが丘の半分野生の花も綺麗だ。いつか妙法寺等の有名な古木を実際に拝見したいものだ。

haiku0036

  時の記念日山霤(リウ)の穿つ石 生活改善同盟会が発意し、漏刻の設置を記念して選定とある。アフリカや中南米の大都会でない所だと山中ではないが暦日が無いようなものである。それでも世の中回るのだから、デジタル時計に汲汲と従わなくてもよいのではないか。抑情報技術の発達で同時性を求められない世界がやってきたと思う。 山霤穿石は点滴穿石に同じで雨垂れ石を穿つという意味。だが、ここでは精励恪勤を称揚し(また慫慂し)ているのではない。朝廷で管理する前から時は存在していたという事実を述べている。悠悠邈邈たる天地を思う日でもあるのではないか。

haiku0001

    霅霅 タフタフ と雨と幻聴四月尽    霅(タフ)という字は雨+譶。霅霅で雨が降るさま、電光の閃くさま、衆人の騒ぐ声の形容とある。雨と言葉とが降ってきているように見える。 雨が降るたびに囁きや喚きが聞こえるのは勘弁願いたい。四月末でこれなのだから、卯の花腐し、五月雨の時期を想像したくない。雨垂れだけを賞玩したいという願いは無下にされるのだろうか。