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zekku0099

  悼強制勞動者、和韻。 支那鑛夫兵火中。飢寒纏縛盡疲癃。怨靈尙哭多留洞。復用狼煙豈不侗。 韻東(上平)、仄起、七絶。 支那の鑛夫兵火の中、飢寒纏縛し盡く疲癃す。怨靈尙ほ哭し多く洞に留まる。復た狼煙を用ゐるは豈に侗ならずや。 注釈。支那、終戦迄日本では中国をシナと呼んでいた、現代では差別語と捉える人が多い。纏縛、付纏う。疲癃、老衰、少し誇張した表現か。侗、愚か、頭がからっぽである様。 ダム湖畔の鉱山で戦中に中国人が働かされていたと聞いて。明日は我が身かと慄いている。 _/_/_/_/_/ 相手に和して詠う事は文化的であると思う。鯫生は旅行にも仕事にも滅多に赴けない立場及び性分ではあるが話を聞き詩の種を芽吹かせるのを楽しく感じる。添削提案や一言感想は時に侵襲的であるが、酬唱は風流だから受入れ易いかも知れない。詩友に出会ったり詩に心が動いたりする時、作句して応じるのは騒客の伝統である。著作権なぞ基本的には金儲けと掠奪の仕組みである。勿論剽窃は無粋だがこれは法律の様に明文化するよりかは個々が主体的に理解すべき倫理であろう。(論理の問題とはし難い。) それにパクリの鍍金は往々にして剝れるから割に合わない。何より機械的に体を疲らして面白いのだろうか。虚名に価値はあるのだろうか。独占やトレースで得た金で子供や文化が育つのだろうか。 問題。詩歌を作る事を表す動詞(句)や名詞(句)を全て抜出せ。次にそれらのニュアンスを確かめよ。 最初の文と最後の文に重複する文字列は何か。また、その意味を考えよ。 _/_/_/_/_/ 稀に読解問題を出すことにした。挨拶の語源は禅僧同士の出会い頭の問答であり、対話の契機となる行いである。元々は仏道に関して何処迄知っているかを確かめ合ってどのように表現すれば伝わるかの手掛かりを自他に明示する役割である。知識自慢や毛繕いではなかった筈だ。鯫生の問掛けも同様に捉えて戴けると幸いです。又、思考の補助輪として能動的に活用なされる事を願っています。 人工無能に期待するのは空しい。出力する妄言やあてずっぽうに右往左往しているが、算譜が自然言語の文章を書けないのではなく大規模言語学習記録から整然とした思考回路を抽出出来ないのである。それは命令と其の処理の問題ではなく人々が自身で考えて言語表現しない事が原因なのだ。(序でに確証はないが敢えて攪乱する事を目的とし...

zekku0026

  京師靈囿。 衚衕別倘佯。前虎後門狼。福瑞洵多幸。窺窬褫獸裝。 韻陽(下平)、平起、五絶。 衚衕は倘佯する別れ。前の虎後門の狼。福瑞洵に幸せ多し。獸裝を褫ふを窺窬す。 注釈。京師靈囿、都の動物園。衚衕、通抜けに使う小路、裏通り、蒙古語からか。別、不要の約まった語、~してはいけない、(今仮に勿れと訓んだ)。倘佯、徜徉とも、彷徨い歩く。承句、前門の虎後門の狼の故事成語を流用。福瑞、 furry の音訳語、ケモノ。窺窬、隙をうかがう、又、分不相応を望む。褫、褫奪、衣を剝取って奪う。獸裝、 fur suit 、ケモノの縫包み。 ケモ速を漁っていたら note の面白い翻訳記事を紹介していた。興が乗って一息に創作した。完全に箍が外れている。眼福眼福。現代の中国の子だったら毎日が薔薇色だろう。親に出資して貰えるなんて。但し、大抵自分の根源的な fursona は明かさないのが嗜み。三次元の物体が無くとも想像で補うのが教養です。もふもふ。 どうしても此の手の会を開く場所が裏通りの印象で、自分の想像に於けるアングラ感が抜けない。精査すると結構大規模な商業施設で催しているようだ。よってこの詩の描写は現実味を欠いている。とは言え数人がこっそり語らっている状況に憧れはする。細い道で虎と狼のケモノに誘われたい。縁側でだらだらしているケモショタ仲良し組を眺めるのが夢だ。 _/_/_/_/_/ 恐らく機械生成によるだろう文中の解説画像のケモ度が尽く低い。猫直し。序でに日本がケモショタばかりとは誤解を与える表現だ。余りにも浮世離れしているので作文を疑ってはいるが、もふもふ。老婆心乍ら、此の界隈にも危ないおじさんが雑ざっているので注意されたし。 ソウセイハマットウナムササビダヨ。 題名の四文字目が有限会社の記号と紛らわしいが、国構に有。 実の所初めの二字には隘巷や横術等としたかったのだが平仄が合わなかった。但し、滬上で着ると汗だくだろうから北京辺りで良かったのかもしれない。 今推敲を試みると転結が飛過ぎていて収拾不能かと焦っている。