投稿

ラベル(古(p))が付いた投稿を表示しています

zekku0141

  不挑戰國無未來。 挑戰不唯沽。以爲身日渝。栽培覇王樹。餓豈齧靑蚨。 韻虞(上平)、仄起、五絶。 挑戰は唯だ沽るのみならず。以て身の日々に渝はると爲す。覇王樹を栽培す。餓えて豈に青蚨を齧らんや。 注釈。沽、売買する。渝、変化する。覇王樹、サボテン、挟み平。靑蚨、銭の別名、蜉蝣の母子の血を二つの銭に塗ると、片方を使っても戻ってくるとの説話による[捜神記13巻]。 金が無いなら支出を抑える。何でも自分でやるに越したことは無い。此れは間違いなく挑戦の範疇なのだが経済至上主義者の仰る挑戦からは排除されている気がしてならない。国内総生産は貨幣に換算しない取引を捉えられない。欠陥のある指標だから必ずしも従わなくとも良いのではなかろうか。勿論団結を阻害する気は無いが、資本家の搾取体制の中に安閑としている以上は二度と金が無いと叫ばない事。努力が足りないと宣ったのは誰か。人を友とせず伖を後生大事にした報いは避けられないだろう。鯫生は仙人掌を齧ります。 _/_/_/_/_/ 団扇仙人掌がお薦めだとか。実も茎も美味しいらしい。

zekku0012

  園藝難事。 除草日澆根。未滋於鈷盆。群蟲垂五十。合作子雟飧。 韻元。仄起。五絶。 草を除き日日に根に澆ぐ。未だ鈷盆に滋らず。群蟲五十に垂んとす。合に子雟の飧と作すべし。 注釈。 澆 ○ 、 灌 ● 、 注 ● 、平仄交替。鈷盆、コバルト色の鉢。子雟、杜鵑、平仄は同じ、気分と響きに因る。飧、文字通り夕食、対義語は饔、朝飯。 高さ三十糎の青色の鉢にうじゃうじゃ棲付いていた。蜥蜴食らうかと詠われた方が丁度おわしましたので、鳥葬の私刑に処した。 如雨露は澆水壺、植木鉢は花盆と言う。鉢には植えないらしい。 _/_/_/_/_/ (再度)それなりに重要な告知(別館)

haiku0310

  努努泥犂にな入りそ歩め螻蛄 螻蛄の水渡りや螻蛄の五能(七つ芸とも)抔と貶される生き物の会会員第三号。 鼯 と 蟹 の仲間。そんなに器用貧乏が気に食わないのか。それとも老婆心だろうか。乳母日傘である。 螻蛄の捕食者は或る種の蜂だ。地上に出れば命の危険がある。それなのに、根の国のような地底に潜り込まずに地上を歩むよう勧めるのは果たして親切だろうか。陽光の下でしか物が見えない有象無象の自慢を聞く価値があるのか。屹度、ドワーフの王国とか恐竜たちの住処とかノームの宝物庫とかあると思う。想像に過ぎないと非難されるので現実的な例も並べる。植物の根の立体構造とか地層の綾模様とか鉱物の煌きとか清らな地下の水脈(みを)とかが見られると思う。底つ下が忌々しく感じるのはその脆弱な感覚器官のせいではなかろうか。蟋蟀と近縁と雖も生活が全く異なるのだ。 それでも歩みたいと思わせる何かを貴君は能く用意なさると豪語するのか。それとも、哀れな虫の住処を農業の為ならまだしも、宅地や会社の為に壊してしまうのか。そういう態度が冥途に押し込むのではないか。兎に角、強く生きて欲しい。

haiku0081

  蝲蛄や阿闍梨が握る独鈷利し あじゃりと読むのが普通だが、ここではあざりと読むと韻が合う。 とっこまたは独鈷杵は仏具の一種。煩悩を砕くという。その形から、僧侶の間では鰹節の隠語にもなっている。ということは、肉食していたと非難することもできなくもないが......。 独鈷でザリガニを突いたら楽しそうだと思う。子供たちが遊んでいる所に高僧が混ざって一緒にちょんちょん触っていたら面白い。仏具をそんなことに使うなと大人は怒るかもしれないが、煩悩の根源を砕いていると解釈することもできる。則ち子供時代に満足な遊びが出来たら青年期以降の悩みを乗り越える足しになるかもしれないということだ。飾りとして佩びているだけよりも遥かに有意義だと思う。 今度は殺生や苛めに繋がるのではないかと云う反駁もありそうなので触れておく。そういう時はザリガニを優しく突けばいいのだ。押しつけがましく怒りを込めて仰る自称保護者よりも、将来言うことを聞くようになるかもしれない。その時に教えればよい。大体が、遊びの中の暴力性をその子の本性だとするのは性急な判断の可能性が高い。ゆっくり育てばいいのだ。 (アメリカザリガニが殖えすぎているのでちょっと食べてもいいかもしれない。泥抜きはした方がよさそうだ) 蝲蛄を阿闍梨が握る独鈷もて の方が意味が伝わるかもしれない。(突きたしを省略して) でも、捌くと連想することも可能だからどうすればいいのか。どっちでもよさそうだ。

senryu0012

  去勢せよ朕国酔ひの沈痼ども (小並感(藁)。まだ癆痎と云った方がましか。 鯫生には癆痎と云わないでね☆ミ←。 国民を去勢する前に弊習の体現者が去勢したら少しは良くなるかもしれない。小鮮を煮るが如き燮理を全うできる髦俊は今はいないと断言できる。試しにI氏を総理にしてみたらどうだろう。渠に積悪を押し付け、渠の善政を搔っ攫えば良い。嘗て民主党にやったように。 朕は国家なりは L'État, c'est moi (レタセモワ) だが、しょっちゅう L'été, c'est moi (レテセモワ) と間違える。夏人(なちんちゅ)か。 家鴨さんで!g L'été, c'est moi (実質ググっている)と調べてみたら、数年前の仏蘭西の曲が見つかった。Susa Pflug というアーティストらしい。気怠げな旋律が心地よかった。歌詞(paroles)を探しても出てこないので誰か書きとって欲しい。