投稿

yokudari0095

  版画への 飢え hunger 鋭く削った山坂 荒々しき生ける巨凷 刷る特別の凹版 新たに結わえる囙数 Be Now に展示されている松村氏の版画を拝見した。普段の研鑽や観察は勿論あるのだが、いざ印刷する時には下絵を破棄して思考を挟まないように体の趣く儘に色付けするらしい。鯫生の詩作の方法とは全く異なる方針で未知の世界だった。氏の作品は靱やかな彫りと重層的な着色で調和がとれていた。和そうとしたものの修行不足で言葉に写し得ないので、苦渋の決断だが、ごつごつした情景と視覚韻を試みた。 _/_/_/_/_/ 辞書で引き難い字の注釈。凷=塊、囙=因。

zekku0128

  陳述書。 保養特橧庥。痢洟無所由。點心防腐剤。可謂毒饅頭。 韻尤(下平)、仄起、五絶。 保養し特だ橧庥するのみ。痢と洟と由る所無し。點心の防腐剤、毒饅頭と謂ふべし。 注釈。橧庥、隠棲、元は樹上に暮らす事。痢洟、下痢と鼻水。 どうも防腐剤入りの菓子を大量に摂ると免疫が落ちるようだ。普段は醱酵食品を中心としていて腸内環境を調えている。其処を殺菌すると均衡が崩れた為にコロナや花粉症の症状が出たのだろう。勿論人工甘味料を含む糖分の過剰も影響が大きい。自制心が試される。

yokudari0094

  We'll jack you up! 三和土の上梁より 漂う木霊がそより 畳の真ん中胡坐の 湛わしきかな若年寄 夏目氏の展示リベンジ。土間に吊った石と畳に並ぶ器皿を眺めるとどかりと腰を下ろしているような気分になった。周りの人々は農業や土木、窯業や芸術を進めているのに自分は若朽染みて不自由な体を事として傍観している。梃子でも動かない輩をあやしている木霊がいじらしく感じられた。 今日も空間に発見があった。体の揺れに伴って戸の隙間から差す明かりが白い筋となって上下している様、天井から垂れる干乾びた花が目に留まった。 _/_/_/_/_/ ジャッキュウの音で四文字語が過ったが必死で振払った。 [0310追記]実際には板の間だった。韻を発見した喜びで現実を取違えてしまった。[以上]

zekku0127

  啓蟄有感。 洋洋羅府西。日本追牛蹄。恔子將蟬蛻。瞻前遇妙諦。 韻斉(上平)、平起、五絶。 洋洋たる羅府の西。日本に牛の蹄を追ふ。恔子將に蟬蛻せんとす。瞻前すれば妙諦に遇はん。 注釈。羅府、Los Angels。追牛蹄、十牛図を意識した表現。恔子、快い人、勝手に二人称的に用いた。蟬蛻、蝉が羽化する、又、超俗する、栄達する。瞻前、先を見据える。妙諦、優れた真理、又、奥義。 他人を励ますと共に自分にも聞かせている。具体的に何が出来るかは不明だが鯫生の実践が参考になるかも知れない。大作に飽きたら小品に凝れば良い。長編を書いた事の無い文士が申す事ではないが。 _/_/_/_/_/ 漢字源で交の部品検索をした中から一つ選び転句を調えた。 何だか転句の頭三文字を見詰めると餃子の王将が恋しくなる。経験は無いが。

yokudari0093

  (無題) すぐ鄰のアンドロメダ へ期待するのもうやめた 素口へ紺殿煮出した 液体投入めためた 自分でも意味不通。どうしても他人に期待してしまう癖を直したい。そして道や仏の思想に頼ってそれらしい事を呟くのも主体性が無いので直したい。但し、それに救われる人がいらっしゃるのならば鎮痛薬ではなく鍼灸として機能させる方法を摸索している。結局は大麻を栽培して廉価で譲るのと変わりないのかも知れない。

zekku0126

  早春茶會有懷。 每每園中喫抹茶。穆然端座土之家。巨人彊脚存天頂。髣髴將攻裝甲車。 韻麻(下平)、仄起、七絶。 每每たる園中に抹茶を喫す。穆然として端座す土の家。巨人の彊脚天頂に存す。將に攻めんとする裝甲車を髣髴とす。 注釈。每每、草や穀物の生える様、又、後半に描く昏迷の世を暗示する。穆然、静かに考える様、又、和らぎ慎む様。 端 ○ 座、厳密には 正 ● 座。土之家、茶室の名。転句、柴田氏の脚の型が茶室の天辺に(吊るして)あった。髣髴、ありありと見える、まるで~のようだ、恰似と同じように比況に使う語だと思う。 樂土舎の茶会に参加した。三本の蠟燭が灯る中茶菓を味わい設えを拝見した。席主の柴田氏に促され頭上を見ると片脚の型のオブジェが天窓の明かりを受けて淡く光っていた。元は結界(亭主と客の間の仕切)に使う予定だったとお聞きした。一度席主に水を向けて頂いたが、感心して息を吐いただけでお答え出来なかったのが悔やまれる。其の時の心を認めた次第です。明日の座談会も楽しみにしています。 _/_/_/_/_/ euphocracy の陥穽に嵌る自分が不甲斐ない。恐れずに発言致したい。

yokudari0092

  綿で首を絞める 意思無く浸かる微温湯で 五斗米に飽かずに甘ゆ 石を包む黄色の繭 ごと 糸 ベキ が切れて釜茹 Be Now の夏目氏の展示の一部を見て。頼りない網と繭が小石を優しく包んでいてとややほんわかした感想だったのだが、何故か前日までの聯二作を書いている内に着想が変転して物騒になってしまった。場を前提とした表現で共有は出来ても所有は出来ない。其れがインスタレーションの価値だと考えた。心が整い鍛えられた気がする。

zekku0125

  春日偶成。 輓近世非常。閑舒周畫廊。墔堆寶蓋草。開葉向青陽。 韻陽(下平)、仄起、五絶。 輓近世は非常なるも、閑舒として畫廊を周る。墔堆たるに天蓋草、葉を開きて青陽に向かふ。 注釈。閑舒、のんびり。墔堆、こんもりの心算だが、実際にはもっと高そう。寶蓋草、仏の座、春先に咲く紫蘇科の植物(尚、下三連)。青陽、春を指すが、青く輝く春空の意味で使った。 またもや二連休を取ってしまった。世界情勢の所為にしても良いのだが、格好悪いのでぼちぼち穴埋めします。

yokudari0091

[03062300遅刻] 酔態に見る衰退 割れ割れの日本人像 叫ぶ上座の強腎臓 ワレワレハ宇宙人デアル 酒の席まだ閉じんぞう 我々が一人称複数として収まりが悪いとの話だったのでそれで韻を踏んだ。個人的には主語を立てなくとも意味が通じるので厄介な代名詞の問題が浮上するのは所有格の時だろう。我々の国なぞ胡散臭く聞こえるので勘弁して欲しいとは同意である。代替策は例えば此の国と指示代名詞を用いる事だろうか。収まりが良さそうである。

yokudari0090

  [03062230遅刻] 翠玉座 抱いた願いを怖ず怖ず 申しうずうずする 案山子 そおず 偉大な魔法使いオズ 妄信され思い困ず 某角扮に没頭していて思出した事があったので詠った。オズの魔法使いは米国文明批判と自分探し (identity crisis) の物語だった。鯫生が主要人物の内ならばかかしが近いだろうか。でも折角だから臆病な獅子をもふりたい。

zekku0123

[03080230遅刻] 伊太利的樂觀。 啜麵飲葡萄。雖粗得永騷。洵多虚妄輩。不爲米劬勞。 韻豪(下平)、仄起、五絶。 麵を啜り葡萄を飲む。粗と雖も永く騷ぐを得。洵に虚妄の輩多し。米の爲に劬勞せず。 注釈。葡萄、此処では葡萄酒。粗、粗末、質素。劬勞、骨を折る。 児孫の為に美田を買わずの構文が今更乍ら不可解だったので資料に当たった。「不爲(名詞)(動詞句)」で「(名詞)のために(動詞)しない」の意味になると用例を参照して漸く了解出来た。上中下点の妥当性に疑念が無くなった。西郷の絶句の解釈は非常に疑わしいものが多いが、一先ず、良い田畑を用意するだけでは維持管理が行届かないので結局は荒廃させる羽目になるとの教示だろう。断じて若い時の苦労は云々ではない筈である。反感を籠めて此の五絶を賦した。結局は世界の何処かで従事する方がいらっしゃるのだが、不当な利益を貪る商品に与らないのが貧乏人の知恵であり倫理であるのかも知れない。 _/_/_/_/_/ 尚、用例には先に投稿した yokudari0092 の五斗米に関連する陶淵明伝の「不爲五斗米折腰」もあった。孟子の用例も参考になった。 尚、爲の字は、ため、る、らる、所となるの時に仄字(去寘)、他は平字(支)である。

yokudari0089

  樂土舎現代美術展 神さびた匠の家々 懸かる立派な一枚絵 堪者築ける理想郷 書かん事溢れるカイエ 現代人が余りにも潔癖症な気がした。壊れ行くなら皆で手を入れつつ使えばよい。そのような昔の知恵と働きが息づく場所だった。

zekku0122

  千年後之樂土。 遠孫如掘鑿。考古應驚愕。携帯塑膠囊。模之無釉堊。 韻薬(入声)、平起、五絶。 遠孫如し掘鑿せば、古を考へて應に驚愕すべし。携帯と塑膠の囊、之を模したる無釉の堊。 注釈。掘鑿、発掘。塑膠 囊 ○ 、厳密には塑膠購物 袋 ● 、塑膠はプラスチック(熱可塑性樹脂)。釉、うわぐすり、焼物の表面に塗り光沢を出したり手触りを良くしたりする硝子質の溶液。堊、白土、漆喰や石灰などを言うが実際には石膏 のような白磁[0306追記訂正] だった。 樂土舎の地中の家(窯跡地)で遠藤氏が日用品を象った陶器を展示していた。藁敷の仄暗い土間に白い素焼きが並んでいた。遠い未来に残っていたら確かに面白そうだ。化石化しそうもない曾ての有触れた道具が発掘されたら、「高度物質文明」をどう思うのだろうか。実際には大切に梱包しないと割れるだろうが夢見るのは自由だ。 _/_/_/_/_/ 現代美術展も常設展も書く事が沢山ある。三十年も知らずに過ごしてきたのが惜しい。

yokudari0088

  凡人の足搔き スノビズム端から蔑視 「解り易く表すべし」 忍びず向きになるねべし 和歌利益ありいざ滅私 四行詩も和歌ではあるのだが、偶には歩寄らないと孤立して詰まらない句ばかり並べてしまう。色々な方法で言葉を掘当てるのが楽しいのだが、だらしない抒情が主流の世界では「情報を楽しんでいるんだね」とカウンセリングされてしまう。NT病である。自分が名を残すよりも、再発見した語句や未知の表現を皆が加工するのを楽しみにしているのだが、どうしても高踏派と見えるらしい。辞書を引いているだけなのだが。言の山援助鉱夫(怨女曠夫の捩り)との名乗りは斯様な経緯だ。