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zekku0140

  我復不被騙、去聲三十韻其八。 齷齪衆憨戇。遨遊闐陋巷。翌年爲轉屍。不覺躬沖撞。 韻絳(去声)、仄起、五絶。 齷齪として衆憨戇なり。遨遊して陋巷に闐つ。翌年轉屍と爲らん。躬らの沖撞を覺えず。 注釈。齷齪、ゆとりが無く目先の事ばかりを追求める様。憨戇、痴呆。遨遊、恣に遊ぶ、又、周旋する。闐陋巷、狭い街に一杯になる。轉屍、放置された死体。沖撞、唐突に攻撃する事。 人間の持つ侵襲性を意識しない者が多い。場の雰囲気を保てば自分は悪くないとの他律が目立つ。主体性の無い者が集まると得てして意味不明な慣習を強制する。何故決めたか分からない事柄ばかりで過去の記録を遡れない。検証不可能性は非科学であり、非民主的である。そうして戦場に駆出されて初めて「私は騙された」と叫ぶのである。勿論自戒である。 物価高に苦しむならば娯楽位は金を掛けない方が良い。有名クリエイタの商品を買うよりも、有名クリエイタの発想の元になった物事を観察し、自分で表現に昇華し、周りの人と作品について遣取りすればよい。所詮凡百のクリエイタはこの程度の事で集金しているのである。小学館の新玩具逆転バリバリバースのキャラも何処かで聞いた話である。適切に注意力を割当てれば只で楽しむ事が出来るのだ。作品は味わうが商品を買わない選択は幾らでもある。技術と宣伝力だけはある多くの専門家よりも余裕のある一般人の方が面白い。此れを玄人跣と言うのだ。色々な個性が寄合えば一生飽きる事は無いだろう。 _/_/_/_/_/ 若干設定の練りが足りないが、ケモノの作画はお薦めする。金が無く売り方に賛同し兼ねるので買わないが。 昔の漫画家は実際の人を観察したが、今は網上だけの皮相的な描写に終始している気がする。知人とばかりつるむのではボードレールが散文詩「群衆」で述べる「全てとの交わり (universelle communion) 」に浸れないだろう。其れこそ一時的に恥を知らしめても良いのかも知れない。 作品中に小学館の内実を吐露した表現があれば笑える。そんな自己批判や自浄作用に期待すべきでもないのか。 鯫生は利己的である。自分を愛せずして他を愛せる筈がない。認知科学的には適応不可能の時、自己分解の段階に入ると報酬系が逆に働くらしいが此れが現代の衆愚の動機だろうか。人を疎外する体制を支持して効果的に自滅するのだ。そのお零れで養って貰っている...

zekku0011

  自哀。 截句能誇詡。其他殫呰窳。駑駘驁驌驦。墨客宜貧窶。 韻麌(上声)、仄起、五絶。 截句能く誇詡す。其他殫く呰窳。駑駘驌驦を驁る。墨客宜しく貧窶すべし。 注釈。截句、絶句。誇詡、大袈裟に言って見せびらかす。 殫 ○ 、 尽 ● 、 悉 ● 、平仄の関係。呰窳、怠けて失敗する。駑駘、歩みが遅く役に立たない馬。驁、あなどる、相手を馬鹿にして威張る。驌驦(馬+霜)、昔の駿馬の名前。 類想を風変わりな韻で調えた。自分用の漢字練習帳。転句を蚍蜉大樹を撼かすにしようとしたが、樹の部分の平仄が合わなかった。然も意味不明。馬を並べたこの句も大概だが。ショーペンハウアーの指摘したように、見慣れない表現に眩惑されて凡作を有難がってはならない。 _/_/_/_/_/ 季節感の乏しい形骸を量産するくらいならいっそと思い始めた絶句。今月だけで十一首でした。来月は秋の俳句を詠尽くしとうございます。気候次第ですが。 _/_/_/_/_/ それなりに重要な告知(別館)

zekku0002

  解虫。 颱去顥穹高。闐阡褐色螯。銀輪咿軋逼。遁若踐鈐韜。 韻豪、仄起、五絶 颱去りて顥穹高し。阡に闐つ褐色の螯。銀輪咿軋として逼る。遁ぐること鈐韜を踐むが若し。 注釈。顥穹、大空。 闐 ○ 阡 ○ 、 溢 ● 道 ● の平仄交替。咿軋、車輪の軋る音の形容。鈐韜、玉 鈐 ○ 篇と 六 ● 韜要決、古代の兵法書、転じて兵法の事。 題名の虫を解明するとは蟹の生態。詩中の銀輪は勿論美しい車。鯫生が実際に走らせたのは自転車だが、蟹がさっと捌けたのが面白かった。結句と其の韻が自慢。言うは易く行うは難し。甲殻類の方が賢いかもしれない。観察すると或る者はそのまま横断し終える一方で須臾の逡巡の後翻す者もいた。進退どちらを選ぶ個体が淘汰に耐えるのだろうか。

haiku0080

  沢蟹よ蛇の塒の洞洞と 類句     沢蟹の螯が蛇の塒より 俳句としては類句として挙げた句の方が優れているとは思う。がをやに変えると句会では点を貰えるだろう。季語について。基本的に、食べない蟹は夏の季語で、食べる蟹は冬の季語である。 荀子勧学篇被害者の会の会員は二人おりまして、それが蟹と 鼯 であります。螻蛄も鼯鼠と同じ扱いを受けるが、直接の被害者ではない。蟹は螯を二つ持ち足が六本あるが、あれやこれやと心が落ち着かないので、蛇や蟺の穴に住むことしかできないとある。この前文に蚯蚓は歯牙や強靭な筋骨を持たないが、穴掘りに専念するので黄泉に届く程深く掘り進むことができるとある。蟺は蚯蚓の意味もあるが、ここでは誤った読みになってしまう。ウミヘビと読むのが適切だ。 個性化には劣等機能を意識に統合する必要があるとユングは云う。思考の人は感情を、感覚の人は直観をずっと使わずに抑え込むのは不健全化に繋がるが、それを解消するには主機能を緩めるしかないという。それが出来ないのは社会のせいだと云いたくはなる。というのも、社会は得てして構成員に主機能への専心を求めるからだ。 自由時間が足りていない。現代の労働の強度で週40時間は働きすぎではないか。自主勉強や情報交換の会話の時間にも給料を出してやっても損はしないと思う。懇談会も酒精と莨を排して業務時間内に行っても良いと思う。昔のgoogleは社食に勤めていた人曰くみんないつもゲームしているようにみえたとのこと。全力で遊ぶだけの勤務日があってもよいのではないか。(但し、世語りポルノソシャゲ抔には投資する必要はないかもしれない)  無用の用を組織で話し合う必要がある。 _/_/_/_/_/ 職安の求人広告は労働基準法の理念を嘲笑うかのようだ。最低賃金限限の正規雇用ばかりだ。合法ハーブを危険ドラッグと言い換える前に合法求人という皮肉を流行らせるべきだったかもしれない。 個人的には会社が個人の発明や作品の特許、著作権や印税を掠め取るのは得心が行かない。経営者は社員を蹂躙することはあっても嫗煦することはないからだ。これは眇の僻事であって欲しい。 この投稿の文体は或る人の潜移暗化が認められる。鯫生は渠ではないし、人の提灯で明りを取っても意味ないと痛感した。過去とは決別しなければならない。畢竟、感謝は侮辱だったのだ...