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zekku0105

  想起今年元朝、入聲十七韻其十。 夙起森元朔。登高望富嶽。吟哦了體操。淑氣令吾愨。 韻覚(入声)、仄起、五絶。 夙に起く森たる元朔。高きに登りて富嶽を望む。吟哦し體操を了ふれば、淑氣吾をして愨ならしむ。 注釈。夙起、早起き、蚤起。元朔、正月一日。吟哦、詩歌を口遊む。愨、真面目、まこと。 過去の俳句を振返ると、本当は一月二日の事だった。それにしても、正月は空気が澄む。車が動かなければ毎日美しい富士が見えるのに。雖有舟輿、無所乗之[老子80章]に憧れる。

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  歌会始御詠の中身無かりけり 市役所で昼休みにNHKの報道が流れたが異様に間延びしていた。「天空にかがやく明星眺めつつ新たなる年の平安祈る」。此れが問題の歌。三十三音の内容を詰めると「明星と四方拝」の十音に纏まる。御歌の殆どに同様の指摘があるが疲れるので止める。事前にお作りになっていて相談役も控えている筈なのだから何か一言欲しかった。 欽定 勅撰[同日訂正]和歌集に載った時に見劣りすると末代迄の恥になるので心を鬼にして諫言致すべきだろう。鯫生が改めた俳句をお示しする。 末の世の朕と明星四方拝 新年の目出度い席で不吉な文句を盛込むとはと必ず異論があるだろう。併し、鈍感な為政者や戦争屋にははっきりと仰らないと伝わらない。平和を真剣にお祈りになっているのだから玉音にも力を持たせた方が良い。でなければ、血税で贅沢な賀詞交換会をしているに過ぎない。文化や伝統の保存の為に騒擾を厭わずに奏上する必要があったので認めた次第である。 尚、入選歌他一般人を批評するのは流石に越権行為なので謹む。 _/_/_/_/_/ 詩歌は冗長を忌む。大前提である。(その意味に於いて毛詩を余り好まない。)* * プロパガンダに流用される方が問題なので無難なお言葉を並べるのが皇族や宮内庁の知恵なのかもしれないと後から考えた。但し抑が場を設けている時点で権威に利用されてしまうのでやはり釘を刺さざるを得ない。 太上下知有之。其次親而譽之[老子17章]。天皇も亦国民の一人として尊重されるべきである。無暗に祭上げない理性を養う事は可能なのか。民主主義の底力を問う。

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  遥かなる二日の富士ははっきりと 車走らぬ日日あらまほし。一日交通量を抑えるだけで西は渥美半島の突端、東は芙蓉峰の白雪がくっきりと見えるのを確認した。今から環境問題に取組んでも手遅れではない気がする。 年明けてすぐに中央分離帯縁石をぶつ我がタイヤかな 正月からパンクしたというパンクな生き様。蔵への道を迷う最中に起こった頭がくらくらする出来事でした。手痛い出費。

zekku0072

  逆夢、平聲三十韻其二十。 飣餖是硨磲。充塡便便臚。荒唐年始夢。塊獨処恬虚。 韻魚(上平)、仄起、五絶。 飣餖は是れ硨磲。便便たる臚を充塡す。荒唐たり年始の夢。塊獨として恬虚に処り。 注釈。題名、事実と反する夢、本来は悪夢を見た人に対して励ます語。飣餖、餖飣とも、飾り用の食べ物。硨磲、貝の名前。便便、丸々と肥えたさま。臚、肚。荒唐、取り留めのないさま。塊獨、ぽつねんとして目立つさま。恬虚、心が凪いで囚われの無いさま。 実際に船盛や三鞭酒の金字塔を見ると卒倒するので現在の食生活に満足しています。限界迄食費を掛ける所存です。

senryu0088_0089

  迎春を迎合と書く酒もがな 相変わらず杜氏の宣伝が喧しい電視。夕方の報道番組にさえ侵入する。そんな中菰樽の文字を見間違えた。おべっかを槌で粉々にして飲干すパフォーマンスでクリーンなガバナンスのアピールにしたらどうだろうか。 ダッキーに翼か女性初総理 渠を支持した総ての鼻下長は反省してください。某雑誌にしては手温い記事を読む限りでは T2sp のような気がする。親父ホイホイ。

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  春永を眺め居てはる菜椿象かな ナガメ、ずっと瓢虫の突然変異だと思っていた。文字通り菜花を吸うカメムシの仲間だ。尚、歳時記に亀虫を載せるのもあるが、細頸芥虫科の昆虫の別名でカメムシ科とは無関係だ。ナガメは四月頃に油菜に集るのを見かけるようになる。 冬至から一月経って日が長ってきたにも関わらず寒いままだ。成虫で越冬するらしいが、草葉の陰から物憂げに寒天を見遣る個体もいるのかもしれない。そんな渠に少しの親しみと尊敬とを込めて詠った。 _/_/_/_/_/ 長めと眺めは語誌を辿ると文法韻と結論できるかもしれない。他の押韻には汝が目もある。長閑で心地よい響きである。安寧の菜椿象を(自)己が目に映し、安寧하세요とご挨拶したいな。 安寧も静順も冬の類語らしい。静順は滑稽雑談にある。

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  飛白たる祖父の板書も成人式 かすりを再び動詞化しました。車庫に残っていた擦れた亡祖父の黒板の字も、近所の若人と同じく、遂に成人式を迎える程になってしまったと感慨を込めて述べた句です。 片付けをしていると何となく捨て難い物があって困る。もう会うことのない人の遺蹟は其の最たる例だ。少しずつ執着を取り去っていく。そうして身を軽くして新たな出会いに期待したい。まあ、 the dirges of his Hope that melancholy burden bore/ Of ‘Never—nevermore’. なんてことにならないと良いのですがね。 白叟は再発した癌の痛みに耐え病院に掛からずに逝った。鯫生の痛言がそうさせてしまったのだろうか。晩年は大抵醜いがだからと云って邪慳にする必要は無かったろうに。 _/_/_/_/_/ 愛読弊博客 御 客、呟亦夜露死苦尾子蛾比島洲!!自匿名掲示板枉駕者、遅馳乍、蟻蛾十茣蓙坐!!両者共感謝感激雨霰!!有潟山猫毛俘 毛俘~册。

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  青帯は春書に壓さる淑気満つ *お察しの通り不快な表現を多分に含みます。閲覧注意。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 青帯は岩波文庫の哲学・思想書のレーベル、春書は春本。淑気は新春の和やかさを云ったが、現代では陽暦新年の張り詰めた空気を表現すると捉える人も多い。後者は厳粛な気配だから粛気と書くべきだろう。処暑の第二候に天地始めて粛すとあり、これは秋になって粛殺の気が満ちてくる事を指す。春が来るまでこの万物を枯らしてしまう陰の気は居座る。新春と雖も暖が遠い新暦一月に相応しい気がする。 情報化社会の恐ろしさを垣間見た。づッ囙フの古典及び思想書の翰墨の直ぐ上列に黒表紙の夜の街ルポがずらりと並んでいた。屹度 プロ を 根 気強く取材した力作なのだろう。但し、この展示法は 賛否両論 だ。斯くの如きを発禁にすべきとは傲慢なので迚も申せないが、個人的には仕切を設けた方がいいと愚考する。ゾーニングの理念は何処へ行ったのやら。何故配架したのか熟考えた。販促アプリが端末のダウンロード履歴や検索クエリなどを収集、最適化したからではないかと結論付けた。画像生成人工知能を利用する時、除外示唆(negative prompt)にR-18、R-15やNSFWを明記したものの、確かに成人向けに出てくる単語を含む依頼をしていた。(例えば次のように: a tender incubus is getting a furry boy to go to sleep. the incubus loathes the nature of his kind and has been decisive never to do anything wrongful. 二重の意味でBLだが、心を癒す潔癖な夢魔がいてもいいじゃないか。種族差別はんた~い!) 勿論社群...

haiku0186

  鰾膠も無き剽窃家なり標の内 一に曰く、無愛想に換骨奪胎注連の内 [鰾膠も無く剽窃初め標の内より変更0105] 自作小説投稿サイトが千篇一律になってきたのを或る人が揶揄してヘウセツ家になろうと云った。鯫生も古今東西の玄圃積玉を掠め取っているだけだ。生業擬きとしている以上はサボれない。今年も松の内から一日一句を続けるのである。 _/_/_/_/_/ 書くことが無いので呟きの引用。偽漢文なので和臭に注意。 或学生欲卒業迄貯蓄百万円。鯫生意見渠曰、 多銭善賈、百万円是水於焼石也。/然則蓋行新古書店購入数冊。/知恵増殖、猶核融合。仮令僅少即不萌芽、易乎為億利人之僥倖、未来永劫涵養精神矣。 迄は漢文では至る。までの用法はない。古文では前などに書き換えるのを奨める。 焼け石に水は厳密には如熱石上一滴がよい。水は大陸の文章では河川などの大量の物を指す。もし熱石於水ならば流れに熱石を投げ入れるを表現するので主客転倒だ。奇跡的に意味は同じになりそうだが。 書店に行くも確か助辞が必要な筈。鵜呑みにしないように。 億り人(おくりびと)は完全にネットスラングだ。投機で一山当てた運者を示す。素封家、大富豪、猗頓之富など代替語は類語辞典を見よ。 当方は共通一次他での得点には全く責任を取りません。悪しからず。必ず(電子)辞書や国語便覧、参考書等を調べる事。 _/_/_/_/_/ 愛読弊博客 御 客、呟亦夜露死苦尾子蛾比島洲!!自匿名掲示板枉駕者、遅馳乍、蟻蛾十茣蓙坐!!両者共感謝感激雨霰!!有潟山猫毛俘 毛俘~册。

haiku0185

  初肥やギャル曾根に多々奉らむ 浜名では一月四日に下肥を振る作業があった。汽水湖へ傾斜する畑や猫の額の田圃に豊作を願って行っていた。蜜柑や米が特に有名だ。 浜名湖は嘗て化学、自然肥料問わずに農地の土壌流入で富栄養化していた。軈て家庭排水の洗剤が湖水の潜在的生産力を鼓吹するようになった。近年はもはや流入する燐などが少ないので少しは粼粼としてきたそうな。但し透明度と漁獲量は大体トレードオフなのが悩みの種らしい。 大食い選手は殆どが兼業だ。ITエンジニア、料理店経営者、エステティシャン、アイドルなどだ。(JTCは見た事が無い。) また、彼の魔女はクイズと大食いの複合種目でも好成績を収めていた。食べる事は脳を含めた体の運動と不即不離である。電視や動画配信の裏話は表に出ないが、競技終了後に略全員が吐き出すと実しやかに語られている。フードファイターだけを生業にしない方がいいかもしれない。 以上運知(知を運らす)の副産物('copro'-duct)でした。この結語は余積持ち悪いだろう、虎の子の蘊蓄を傾けるなと云われそうだな~。 _/_/_/_/_/ 案外人は糞真面目を覚えていないものです。 こんな世の中じゃポイズン。 _/_/_/_/_/ 愛読弊博客 御 客、呟亦夜露死苦尾子蛾比島洲!!自匿名掲示板枉駕者、遅馳乍、蟻蛾十茣蓙坐!!両者共感謝感激雨霰!!有潟山猫毛俘 毛俘~册。

haiku0184

  凍餒の士と寒村の雑煮なり 東の最高学府を出ても職に溢れる可能性がある。古代の日本の官僚が曰く大学は迍邅坎壈の府、窮困凍餒の郷とは言い得て妙だ。冥合か知らないがどちらもトウダイで音読みが同じ。どうせなら上洛か海外にすべきかもしれない。古都の象牙の塔では英語の入学考査も解き応えがあるし。兀兀とした古文風の学術論文翻訳から、日本語随筆の転写迄御座る。ぶっちゃけ第一帝大の外国語は珠算競技大会の如きで、一種の反射神経競争だ。専門の塾があり、小学生からの矻矻でどうにかなる。(抑読解と作文中に聴解問題の長喙は御法度。嘲晦せらるべきなり。考案者は懲戒が妥当。) 何時の時代も堅実な一歩一歩を求める。跛鼈千里の心持(mindset)の方が良い。尤も、この言説を鵜吞みにせずご自身で一度双方の問題をご覧になって比較なさって下さい。 家慈が嫁入りしなければ今も日本一質素な雑煮だったろう。白菜か水菜と鰹節と醬油と餅。以上。東照大権現が江戸でお振舞いになって全国の大名に嫌われたらしい伝説のあれである。ラパン(lapin)がパンパンだったら良いのに。淡泊過ぎて蛋白質欠乏不可避。腕白には物足りないだろう。因みに萱堂の在所では鶏肉、牛蒡、人参、椎茸、葱、白菜、凍み豆腐と餅。格差社会だ。 学問を修めて滑車会に馴染めなかった、つまりミニプレンティられている書生の方々と静逸を楽しみ斉物論を話し合いたい。そんな正月でした。 _/_/_/_/_/ 本文でまどろっこしく学歴の蘊蓄を傾けたので簡潔に纏める。東大志願者は整理整頓、京大は散らかせ。得意な方を選ばれたし。勿論他の公立大でも勉学には充分。過当競争から逃れるのも賢明だ。通信制、例えば放送大学なども考慮すべし。論文発表の場を得られれば最低限の学究活動は成り立つ。ただ、どうせなら国内のどこにでも受かる位の実力はあらまほし。低学歴の戯言です。 _/_/_/_/_/ 愛読弊博客 御 客、呟亦夜露死苦尾子蛾比島洲!!自匿名掲示板枉駕者、遅馳乍、蟻蛾十茣蓙坐!!両者共感謝感激雨霰!!有潟山猫毛俘 毛俘~册。

haiku0183

  極まりて哀情多き御歓楽 (御)歓楽は新年の季語で病気の忌み詞。新型呼吸器感染症が猖獗を極めた当時に書き留めた句で篤くなった人を労るものだ。ただ、外出を控えるよう促していたのにも関わらず、昼はオフィス街、夜は歓楽街に繰り出した愚か者を揶揄する意味も込めている。勿論一番責めるべきは曖昧な政令と私立自粛警察だが。 ここからは疫病みとは関係ない。漢武帝の秋風辞の結句に、歓楽極兮哀情多。少壮幾時兮奈老何。とある。(哀情多の語順は韻と強意の為の倒置だろう) この騒体は相対的な感情の波を表現している。兮字を含む啓示と取れるかもしれない。喜びの総体は増えているはずなのに悲しみが割り込む。極大の前後を積分すると(値域全てが正の時は)増加が続くが、微分すると(値域に関係なく)正から負へとy軸を横切る。自然の摂理だ。絶対の勝者でさえ瀟洒に亢竜有悔を詠うのだ。だからこそ過当競争に勝とうとせずに早退してしまった方が良い。そんな気がする。人は動物だが、植物のように分解者のように生きる者もいなければ資源が枯渇する。どうせなら、日の光、大地の恵み、穏やかな雨風を受けて文化を育みたいと個人的な指針を述べてみた。上手く纏まらない。 _/_/_/_/_/ 或る物事から感じ取れる幸福の総量は頭打ちになる。だから、幸福であり続けたいのならば新たな合成関数を作らなければならない。これはT7的価値観かもしれない。 潮の満ち引きは複雑な曲線だが、単純に換言すると数多の正弦波の合成関数である。厳密には異なるが、凡そは宇宙のあらゆる円運動の影響の集積と言える。 正弦波の軸をy=0から単純増加関数に出来たらよいのだが。それは確固たる価値観だろうか。時の波に抗えない気はするが。 I stand amid the roar/ Of a surf-tormented shore,/ And I hold within my hand/ Grains of the golden sand —/ How few! yet how they creep/ Through my fingers to the deep,/ While I weep — while I weep!/ O God! Can I not grasp/ Them with a tighter clasp?/ O God! can I not sa...