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 [0714遅刻投稿]

詩人らは問ふやうにせよ表現が当用感じの盗用か否か

古稀過ぎて声のみ立つは自だてるコロイドさへも調べぬ案山子

記紀に見える四段動詞ころだつが自動詞か他動詞か区別出来ないが、今回は自動詞として用いた。

七月十二日(日)に大田区で行った詩客の公開選考会に参加した。

勉強になった事は詩歌は景や感触を想起する物が優れているとの価値判断が優越している現状を把握した事である。他には言葉の仰々しさと景の欠如に注意するのは大切だと思った。切れの前後に神経を尖らせるのも重要な視点だった。個人的には五十首五十句を並べた挑戦が面白かった。

但し、座の権威が無知且つ傲慢で発言を抑圧した点は残念だった。当たり前の文字に振り仮名を付けられるとなめられているような気になると仰り、言葉に対する旺盛な好奇心が大切だとの発言を肯っていたにも関わらず、高校の化学で習う身近な現象のコロイド(膠質)を調べようともしなかった。このような自家撞着を孕む冥頑不霊に向かっては有効な対処法が無く意見が滞ってしまう。審査委員の N.K. 氏に少し憧れていた自分を激しく悔いている。

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老人は珍しい知識や歴史について実感を伴って語り得るから有難がられた。饒舌な高齢者を相手にするよりも呻吟する翁媼の傍でおうおうと共に泣きたい。

鯫生の結果は聞かない約束です。結局所謂詩人ではないのだろう。

無知は責めない。権威と無知と傲慢の組合せからは身を引く。

漢字や旧字が厳めしく見えるのは NF 病の症状だ。 NT 型は寧ろ機能美を覚えるだろう。

詩の集まりは言語芸術の場ではなく集団心理療法の場でしかないとの確信が深まる。それこそ某詩の叫喚する私人を思出す。

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[0715追記] 自分の応募作を確認したが論外駄作であり閉口したので非公開とする。本当に何をやっていたのか。良い物は何処かで供養するかも知れない。

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