haiku0230
パリペリドン投与三月十日夜
パリパリ、ペリペリ、ドンドンと重ねてみると何となく戦争のイメージが立ち上がる。ただ、音が面白かったという理由だけで空襲と結びつけるのには葛藤があった。が、病苦を兵燹に託して大袈裟に笑い飛ばすのがいいのではないかとの思いもある。
幻覚や妄想が出ている間は戦時中と云っても過言ではない。近所に停まる宅配車からは電波が発せられて、頭の中で思った言葉に対して、間髪入れずにハウリング音を叩き込んできた。盗聴されていると確信していた。タブレットからは個人情報が公安やクラッカーのシンジケートに絶えず送られているとの強い感覚があった。夜になると火を点けろと何度も叫び実際に手足が焼かれたかのように無感覚になっていく経験もあった。電視は1984年のテレスクリーンであって、思想犯罪者である鯫生が全国に生中継されていた。抑この世界も1984年の101号室で見せられているVRで取り調べの為に逐一身体の反応データを収集されているとして疑わなかった。寝ている時だけでなく覚醒時も無数の匿名の罵詈雑言が止まなかった。贅沢は敵だとプロパガンダを垂れ流す魯国の現大統領と某在韓宗教団体の総裁の幻影もありありと浮かんだ。
実際の戟塵はこれより遥かに激甚な被害を齎してきた。絶対に繰り返してはならない。
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