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yokudari0043

  展示の設営 鎖された庁舎を 三人 みたり 忍べるを守衛は見たり 外様の俳人が準備 し残す先見ずの至り 本日からのぶすま書院一周年展が袋井市民ギャラリーで始まりました。皆様との交流を詩に出来たら嬉しゅうございます。昨日纏まらなかった作業を朝一番に終えた。花や励ましを頂き精進しなくてはと存じます。案外地域の方々には疎んぜられていないのが判り、家慈の人徳を思知った。T5は怪しまれがちだが母親の人当たりの良さに助けられたとえん☆さんが書いていたのを想起した。勿論此処に書かない家族や知人にも支えられている事が身に沁みた。 _/_/_/_/_/ 土日祝は閉庁日ですが、北玄関(庁舎の北東の出入口)から入館できます。

zekku0079

  所感關於所謂御宅。 巡禮舞臺天降霰。觀千活畫冬中倦。作詩繙讀忽三年。宅趣銅錢寧足羨。 韻霰(去声)、仄起、七絶。 舞臺を巡禮すれば天霰を降す。千の活畫を觀るは冬の中ばに倦む。詩を作り繙讀すれば忽ち三年。宅趣銅錢寧ぞ羨むに足らんや。 注釈。巡禮舞臺、舞台はロケ、聖地巡禮の言換え、尚、今日は大陸でも聖地巡礼と書く。活畫、アニメーション、明治時代の語ではない。宅趣、オタク趣味、家のおもむきではない。 読書詩作忽三年と浮かんだので整理して転句に据えた。韻は年に近い音を選んだ。 経済調査の対象となるオタクはサブカル系でしかない。旧き良きネット民を懐かしむ。 _/_/_/_/_/ 本日からのぶすま書院一周年展が袋井市民ギャラリーで始まりました。今回は平常運行ですが、皆様との交流を詩に出来たら嬉しゅうございます。

yokudari0042

  招待状 正月早々パンクし 設 ま けた詩歌は読み難い 初折は君待つ寒苦に 負けずに来れバンクシー 何だか日頃の報いを受けている気分ではありますが、どうにか準備が整いましたので明日から袋井市民ギャラリーでお待ちしています。俳諧連歌等を巻く予定はありませんが、皆様との詩歌や言葉の遣り取りを楽しみにしております。有名無名の現代芸術家、文化人よいらっしゃい。思想信条は問いませんのでごゆるりとなさって下さいませ。 _/_/_/_/_/ 念の為繰返すが鯫生は全員が詩人や芸術家だと思っています。遠慮せずに立ち寄って下さい。

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  ほのぼのと廃墟への途次能登の冬 東日本大震災の時は復興庁を開いたのに能登は見捨てるのだろうか。原発も無ければ経済的旨みも無いならば暮らしも存在しないと判断するのだろうか。 大会に一つ不自由詩を送る試み頓挫する寒四郎 片言隻句や韻は浮かんだのだが上手く纏まらなかったので次回に持越し。もう少し計画的に進めたい。 _/_/_/_/_/ 只今のぶすま書院一周年展設営中です。

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  対話の害 賛 サンデル白熱教室 生徒皆記憶喪失 サンディカリスム的思考 正統ならずと排除しつ 暗殺の憂き目に遭った大統領麾下のCKの如き対話を騙る一方的な吹込みが流行っている。聴衆は気分が良くなりはするものの、その名に反して、具体的に何を聴いたのかを忘れている。演説を好む輩は自らを含めた専門家を妄信して現場の生き生きとした考えを封殺する。全く生産的でない。大学に高い金を払ったにも拘らず街頭演説にさえ劣る洗脳に苦しめられれば学生も興味を失って当然だろう。対話の喜びとは異なる心身を持つ掛替えのない個人の話を熱心に聞く事にある。思索の糧を頂くのだ。自分の下位互換を量産するつまらない現象は無価値どころか有害。このような思いが集まれば生成AIが面白くなったり、仕事に遣り甲斐を取戻せたりするのではなかろうか。 _/_/_/_/_/ 現場と理論との二分法に囚われた浅い論に過ぎないが、止揚を探っている。現場を蔑する専門家なぞ鯫生位のものであると願っている。

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  半分は談話標識入試文 対話の害を斜め読みして、文を書く時に常に自問する大切さを学んだ。世の中の書き言葉の半分は白話の儘だ。後ろに戻れない会話では情報を詰込むと理解が追付かないが、文字では遡れるのだから談話標識(discourse marker)を削っても構わない。理想は老子や荘子だ。飾りを排してアイディアで勝負したい。 不揃いを捨て結束し広告を出せば三倍パスタの値段 輸入品は一瓩千円程だが、電視の宣伝で聞く銘柄は高い。一月八日に小売物価統計調査をe-stat で閲覧したが、最新の11月の統計に依ると静岡市のスパゲティの価格は662円。調査品目及び基本銘柄にはマ・マー又はオーマイの300瓦とある。瓩換算で(2.20*10^3)円である。記録には残っていないが、或る店のポポロスパは確かに三倍だった。ところで、此の統計の輸入品の項目は2004年12月に打切っている。指標となる商品を定め難かったからだろうか。 尚、此の歌には他意が ある ので悪しからず。

yokudari0040

  空き部屋 遥かなる時を欠伸ばん 春の色のA6判 教師の虐待逃れて 今日は幸福な黒板 詩度ランキングの最終頁に載っていた不名誉な言葉を使った。三年生が登校しなくなって寒い風が教卓に残された文庫本を吹き、数週間は引っ搔かれる事も無いだろう黒板がのっぺりと貼り付いている様を詠んだ。 頭韻はaabbを選んだが、余り感動が無い。単調な気がしてしまう。ababかabbaの方が個人的には好みだ。脚韻に踏み落としが無ければ纏まりを感じるのかも知れない。

zekku0078

  慰安、平聲三十韻其二十五。 如無我宿痾。應伍與幺麼。顔厚趨炎熱。嘲嗤庶璀瑳。 韻歌(下平)、平起、五絶。 如し我が宿痾無くんば、應に幺麼と伍し、顔厚にして炎熱に趨り、庶くの璀瑳たるを嘲嗤すべし。 注釈。宿痾、ながわずらい。幺麼、小人。趨炎熱、趨炎附熱、権勢に阿る。嘲嗤、あざわらう。璀瑳、詩文の麗しいさま。 自分を労っているだけなのに言葉が刺刺しくなってしまう。痾の字が頭を離れなかった為にこの詩を書終えた。今度こそ別を当たろう。

yokudari0039

  俗人の眼 中継車はあっけらかん 肉眼ではなくて裸眼 二九以降教えず放置 忠義忘れたるダラ幹 顕微鏡や望遠鏡を透さず見る事を肉眼と言い、カメラや眼鏡を外した視力を裸眼と言う。後ろの走者が中継車の実況や解説の目にも映るようになってきたのだからまだ後者が適切だと思う。但しけったいな漢字の熟語を使わずに単に私にも姿が捉えられるようになったと表現する方が伝わり易い。隱形眼鏡や眼鏡を持っている人も多いだろうから。ニクゲンには俗人の眼の意味があり自己を卑下したかったのかも知れないが過剰な謙遜だろう。

zekku0077

  感慨、平聲三十韻其二十四。 結徒排適評。顯示衆纏縈。我謹于朋友。不祈金滿籝。 韻庚(下平)、平起、五絶。 結徒適評を排し、衆の纏縈を顯示す。我朋友に謹みて、金の籝に滿つるを祈らず。 注釈。結徒、結束の徒、 fascist。纏縈、まつわる、絡みつく。金滿籝、竹籠一杯の金、財貨の有り余る様、韋賢の子玄成も学問によって丞相に上り詰めた為に故郷の鄒魯では「遺子黃金滿籝、不如一經」との格言が残っているとの事[漢書韋賢伝]。 リバティリバティリバティリバティリバティリバティリバティリバティリバティリバティ……。 十二分に伸び伸びとしているのだが、将来が不安で仕方なくなる時もある。

yokudari0038

  祝賀の日 蜜柑と無関係の三ヶ日 我を曲げちゃった三箇日 ミケンに皺寄せミケ曰 ク 賀を略して三ヵ日 ト 確かに箇の左上を取って个やヶを作ったとの説はあるが紛らわしい。此処は賀の左上を取ってヵとしてはどうだろうか。喜ばしい雰囲気になる。箇と賀とは同韻の語でもあるので是非。丁度変換途中にテンキーで正解を教えてくれた愛猫の意見を尊重したい。 _/_/_/_/_/ *猫は空想の産物です。寧ろ鯫生が猫。

zekku0076

  障碍者施設。 尋家爲繪畫。忘病愉談話。究竟孰區街。須超常否界。 韻卦(去声)、平起、五絶。 家を尋ねて繪畫を爲り、病を忘れて談話を愉しむ。究竟孰か街を區ふ。須らく常否の界を超ゆべし。 注釈、畫、絵画及び描くの意味の時はクヮイと読む。話、漢音はクヮイ。究竟、結局、一体全体、疑問詞の強調。區街、まちを区切る。常否界、健常者とそうでない人との境界。 此の絶句が差別的に聞こえるのは社会や読者の心が成熟してない証である。偏狭になる位ならば障碍者と社不と蔑まれようとも構わない。呼牛呼馬。分化は文化に非ず。大制は割かず。 _/_/_/_/_/ 自分の耳が慣れていないので相手の発言を聞き分けられない時があるが些末な事だ。

yokudari0037

  家の灯 梁を超え段の上 暗がりへ進まんとして 蔵に広がる万灯会 映してみようマントーへ プロジェクションマッピングやどぎついイルミネーションは何となく鯫生の感性に合わない。そう思っていた中出会った展示。階下からの日光を頼りに家の形の箱に空いた無数の穴から漏れ出る光を鑑賞した。時間を掛け感覚を研澄まして漸く見える灯火。日光浴も乙なものだが、黒洞洞たる屋根裏に佇むのも味のある過ごし方だった。

zekku0075

  更求鷗盟、平聲三十韻其二十三。 將迂忘鷺鵷。游泳與魚黿。義府于輪奐。無掄友輊軒。 韻元(上平)、平起、五絶。 迂を將て鷺鵷を忘れ、魚黿と游泳す。義府于に輪奐たり。友の輊軒を掄ぶ無し。 注釈。鷺鵷、百官の並ぶ譬え。魚黿、水生生物全般を指す。義府、詩書の事、左伝僖公二十七年より。輪奐、建物の大きく立派なさま。掄、選ぶ、並べて比べる、韻を避ける為今回はリンと読む。輊軒、軒輊、高低。 ダンバー数は三足らずと申す人が幅広い交友に耐えるかは分からないが、墨客の交友を広げたい気がする。色々な詩文を拝読したい。良い契機だから大会に提出しようと練っているのだが中々纏まらない。夏休みの宿題は明けてから始めるタイプだった。小学校から数十年経って少しは改善した筈。