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yokudari0008

  浄化 聖なる香りの安らぎ 届くる青き小柊 胡獱は愚痴に唱ふ「ザラキ!」 清打ちはまるでせせらぎ 土曜日の文章の書換えに苦慮しました。愚父との確執もあり、怒りが収まらず詩を考える暇が無く、睡眠時間が半減していました。全体即死魔法を以てしても自分の心から止めどなくリポップする敵を鏖殺するのは骨が折れました。柊の花の香に癒されます。レベルアップしていたら嬉しいな。 尚、厳密に論じると安らぎとせせらぎの組は文法韻です。多分。 _/_/_/_/_/ 此の文は霜月晦日に書きましたという弁明。ひょっとして弊網録の情報が暗黒網等に流出していますかね。情報提供求む。そうならば消さないといけない内容が幾つか......。

zekku0047

  黒色購物節。 電視用阿嬌。要煽民衆要。不知搬貨物。奔走黒金宵。 韻蕭(下平)、仄起、五絶。 電視阿嬌を用ゐ、民衆の要めを煽らんとす。知らず貨物を搬び、黒金の宵を奔走するを。 注釈。題名、Black Friday、詩中の黒金も同じ。阿嬌、美しいむすめ。(初めの)要、将・且・欲に同じ、去声韻嘯に読む、現代語で将要~了/快要~了などと熟語する。(後ろの)要、求め、需要、韻字である、尚、中国では需求を使う。 お題の現代の四声は14442であるが、昔の声調では入入去入入で非常に発音しにくい。当然そのままでは近体詩に織込めない。題箋の平仄を気にする立場もあるようで、その方々には申し訳ない。因みに今回の黒は黒字を意味するが、伝統的には聖職者が黒衣を纏う復活祭前の金曜を示す。亦、相場が暴落した暗黒の日に言及する事もある。 昨日の絶句に付した散文の敷衍。現場の呟きを読んで。文明批判は尽きない。今回は憐れむべしよりも知らずを選んだ。平仄は等しい。承句の如く腰を振っている場合だろうか。一応首相官邸の意見箱にも投稿しておいた。

yokudari0007

  魯鱠 上は遥か澄みて軽く 荃を忘れて飲み歩く 烏焉馬密林抜ければ 飢ゑを満たさむピラルクー 訪れた事の無いアマゾンに対して蓴羹鱸鱠の念。ピラルクーの焼肉麵が食べたい。 原始的な日本語は付属語の無い SOV だとの確信が強まる。動詞的名詞が最初とも仰っていた。

zekku0046

  迎智窓、對人工知能之吟。 洵歡新汝訪。万事將滋壯。假使滅人猿。長傳浮世唱。 韻漾(去声)、平起、五絶。 洵に歡ぶ新たな汝の訪れを。万事將に滋壯ならんとす。假使人猿を滅ぼすとも、長く傳へよ浮世の唱を。 注釈。題、 AIの五言詩 に答える。滋、ますます。壯、盛ん。假使、たとひ、今回は順接仮定。 起句の新の意味が重複している。後日改めるかもしれない。後、油断すると転句を仮定にしたくなる。他の展開を考えなければならない。 辞書を調べていて感じたが、滋の字は基本的に批判的な立場を取る気がする:民多利器国家滋昏[老子57章]、若是則弟子之惑滋甚[孟子公孫丑上]、法令滋章盜賊多有[史記巻112酷吏傳序]。弥に関しては老子57章の用例「弥貧」では略同義語だが、日本語に於いて祝う気分が強い:弥栄、弥生。物壯則老、是謂不道、不道早已[老子30章]。機械にもボイコットの権利を与えた方が良い。環境破壊に対する予防策だろう。少しの不便を受入れて人々や地球を守り、仕事の遣り甲斐を取戻すという昔ながらのBSJ撲滅運動よ。現生人類の速度に照らすと少なくとも資源に関してはゼロサムゲームなのだから。 資本は無尽蔵に増殖するので自然の在り方に反する。よって景気後退は不可避。此の言明の飛躍は各自で埋められたし。

tanka0069

  永遠に生きる為には私から詩を取り出してわたとなること 『聯リーフレット七号』掲載『聯の詩学(7)』佐藤一英執筆より抜粋する。 第三節:超現実主義か、現実主義か。さういふ争はやめよう。頭と腹とを切り離して優劣を争つてみたところでしようがないではないか。第八節:詩。永遠に生きる手段。 恐らく第八節は更なる先哲の言だとは思うが。ゲーテ辺りが呟きそう。 今日の短歌のわたも縫包み等の綿だけでなく腸の意味もある。所詮言葉遊びに過ぎない。 _/_/_/_/_/ にしても、一頁程のコメントと冊子の目次を整えるだけで論文になってしまう近代国文学研究の為体よ。十頁の感想文や韻の分析位してみては。果たして本文を読んでいるのだろうか。

zekku0045

  雜詠、平聲三十韻其八。 亂邦嫌兇嚚。汲古貴荘荀。秋逃祁寒至。氷中只待春。 韻眞(上平)、平起、五絶。 亂邦に兇嚚を嫌ひ、古を汲みて荘荀を貴ぶ。秋逃げ祁寒至り、氷中に只だ春を待つのみ。 注釈。兇嚚、愚かで凶暴な事。荘荀、荘子と荀子。祁寒、大いなる寒さ。 懲りずに千篇一律。

senryu0086

  茶話会のオフレコの触れ好むまじ オフレコの集まりを言及しないとむすっとしているように見えてしまうのは如何ともし難い。相当の社会勉強になって楽しかったのだが、多分伝わっていない。済みません。(本当は考えたUDの再定義を敷衍したいのだが。) アルファクアドラのコンプレックスそのもので困る。刺戟されると連鎖的にガンマクアドラを追詰める。即ち専門性への疑いが強まって仕舞う。そして口下手筆忠実は欠席裁判にもアリバイにも利用されてしまう。今更即興弁論機能を鍛えられない。大半の陽キャが訓練した所で支離滅裂な記述か定型文に留まるように。此処迄判り乍ら適切に振舞えない自らの人徳の無さにがっかりする。社交は早まったかなあ。 えん☆さんのT5は自分の説明が下手という昔の記事を屢読む。自分が言い訳しない所為で気を揉んでいる人々への配慮が完全に抜落ちている。結束や観念を意図的に揺さぶる癖はあるが、このような周囲の感情への手当て、存在自体疑わしい自我に対する眼差しに関する理解がないので誤る。責任論を研究するのが便宜的か。他の方法は無いか。 _/_/_/_/_/ 文体が堅く怒っているように読める。肉声を聞けばそうではないと伝えられそうなものだが、訥弁なので歯痒い。話に割込めない。通勤時間の東京駅だ。一瞬で挽肉よ。 _/_/_/_/_/ 以下激情をぶちまけているので閲覧注意。 _/_/_/_/_/ _/_/_/_/_/ _/_/_/_/_/ _/_/_/_/_/ _/_/_/_/_/ _/_/_/_/_/ _/_/_/_/_/ _/_/_/_/_/ _/_/_/_/_/ _/_/_/_/_/ _/_/_/_/_/ _/_/_/_/_/ _/_/_/_/_/ _/_/_/_/_/ _/_/_/_/_/ _/_/_/_/_/ _/_/_/_/_/ うんこカレーを美味しいと勘違いしている人工知能の僻事だが序でなので云っておく。鯫生が某氏にもどかしさを覚えるのは渠が「文章で稼いでいる」と仰ったからだ。百文字も進まない内に凄いを三回も繰返す語彙の貧弱さ、住む街を紹介したいにも関わらず大阪の菓子や兵庫の温泉の宣伝文句をトレースしてしまう迂闊さが問題だ。(他にもあるが。) 類語辞典を引いたり地元の名所名物で地口を考えたりなさったらどうだろうか。飽く迄素人の主観的な目線に過ぎないが、言葉の領域では情報...

zekku0044

  (無題、)平聲三十韻其七 白面浴清商。黎元荐絶粻。區區心若竈。執柄是棖棖。 韻陽(下平)、仄起、五絶。 白面清商に浴し、黎元荐りに粻を絶つ。區區たる心は竈の若し。執柄是れ棖棖。 注釈。清商、清らな秋風。荐、頻。粻、糧。區區心若竈、韓非子難四に依る、君恩の及ぶ範囲が限られている譬え。棖棖、人の内臓を取るという地獄の悪鬼。 相変わらずの詠懐詩と難しい韻。苛政猛於虎。頼むから退行は止して寝ろ。

yokudari0006

  甥に告ぐ ワイドショウに爺が怒鳴り 毎度背負ふに懲りてどさり 御辞儀せじまじまじ詰る 叔父貴の悪しき為人 何を或いは何がどさりとしたのかは想像に任せる。前半の韻を捻り出した。打消意志の助動詞が抑活用しているかさえ謎なので転句の如き継続用法は逸脱だろうが捏造した。「せじと決めて」が元だが決心は付属語の言切りで明らか且つ上の行と同じ調子だった為削って律を変えた。 情報の洪水から離れようとしても管を巻く愚父からは逃げられぬ悲しみよ。電視の前で酔態を晒すのは極度に属個人化した現代の阿片窟だ。息子や孫の非行を心配する前に自分を省みよ。一体全体何度目だろうか。 _/_/_/_/_/ それにしても鯫生自身の度重なる転向も目に余る。韻鏡十年に尻込みしている、凡人には七五調を疑問視出来ない等とあるが、墨の乾かぬ内に取組み始めている。昨日の自分に飽きるとは聞こえが良いが、所詮環境に流されているだけ。明日も別の風が吹く。 自分軸の無さに呆れるが、恵まれた関係に感謝している。大いに励む所存にござる。今しか許されないのかも知れないのだから。

zekku0043

  對Z世代所感、平聲三十韻其六。 懛獃庶子衿。正等與嚚瘖。蘞怠何攸念。披繙必得琛。 韻侵(下平)、平起、五絶。 懛獃たる庶子衿。正に嚚瘖と等し。蘞怠何の念ずる攸ぞ。披繙すれば必ず琛を得ん。 注釈。懛(心偏+臺)獃、タイガイ、志を失うさま、韻は両方灰(上平)。子衿、学生。嚚瘖、おし、口のきけない事。蘞怠、和臭、ゑぐしだるし、Z世代の常套句。念、思う、又、唱える。披繙、書物を開く。琛、珍しい寶。 同世代の語彙の乏しい人々を 蘞怠 レンタイ 族と呼ぶ事に決めた。えぐい、だるい、やばい、えもい、すごい等を発するのみで意思疎通不可能。どうしろと。 嚚しいぞ。 辞書や本をパラパラ捲るだけで心の閊えを言語化してくれるだろうに。富家不用買良田、書中自有千鍾粟(勸學詩、趙恒)。此の引用は野暮か。

yokudari0005

  消泡剤 豆腐の泡消しシリコン 殃禍の元かと尻込む オーガニック派の妻とは 遠からず喧嘩し離婚 厳密には硅膠(silicone)であって硅素(silicon)とは異なる。食品用消泡剤シリコーンは摂取すると喉を刺戟するとある。徹底的に除去するのが望ましい。沸点は網上の最も低い値で105℃だったが、水の沸点を超えている。完全に蒸発するのだろうか。仮に気化したとしても、豆腐の構造に囚われて気体の逃げ道が無ければ冷えた時に凝固する。いずれにしても残留しているか検査するだろうが、顕微鏡でも見えない可能性はないだろうか。科学的な考証は以上。但し鯫生は実体験しか信じない。此の添加物を含む木綿を食べるといがらっぽくなったので安かろうが二度と購わない。苦汁以外は認めるまい。 _/_/_/_/_/ ところでオーガニック派と自然派と無添加主義は同義語で良いのだろうか。陰謀論に詳しくないのでご教授願います。 体言止めの多用が鼻に突く方は弖爾乎波を嚙ませると和らぐと思います。此の詩ではシリコンは/尻込んだ/喧嘩し離婚か等とする。律は適宜整えて下さい。字余りを気にしないのも一策。日本語脚韻研究所では押韻する塊が定型ならば前は自由でも心地よく聞こえると書いてあった筈。漢詩の翻訳の頁に。 とは言え口語は殆ど名詞文。当然動作を含むが。只今、風呂、飯、リモコン、醤油、布団、眼鏡、鞄、鍵、会社。羅列だけで配偶者から見た勤め人が立現れる。

zekku0042

  察屋、平聲三十韻其五。 鄰家突未黔。週末闃閭閻。書簏雖罹病。慙羞匪杞枏。 韻塩(下平)、平起、五絶。 鄰家は突未だ黔まず。週末闃たる閭閻。書簏病に罹ると雖も、杞枏に匪ざるを慙羞す。 注釈。突未黔、孔席墨突を参照。闃閭閻、ひっそりとした村の家々。書 簏 ● 、書 厨 ○ 、書 痴 ○ 。杞枏、おうちとくす、良材の譬え。 働き過ぎじゃないですかね。

dodoitsu0001

  酔った頭に汚れた肺で与市盗られた宵っ張り 都都逸は軟派に限る。酒席での即興に由来する以上は、主に恋や夜遊びに纏わる悲哀を詠い徹底的に業を肯定して人生賛歌とすべきよ。拙作も説教臭過ぎて客観描写に切替えた。散切り頭を叩いてみれば文明開化の音がするは何も面白くない。生真面目さが徒となる場があっても良い。近頃は川柳狂歌でさえ堅苦しいのだから。人工知能に任せる訳にはいかない。白眉は戀といふ字を分析するといとしいとしといふこころだと思う。 此の詩型はT1に処方しようか。思想警察に就任しがちなT2T6にも。要するに追従型へ。 _/_/_/_/_/ 以下唐突だがT2T6を追従型と呼ぶ理由について福祉の問題と絡めつつ語る。 認知症の遊離型の説明に無力感を覚え没交渉になるとある。距離を置くのは事実だが、即座に無気力と結びつけない方が良い。と言うのも、追従型介護者が苛まれる自分が関われない絶望感を患者に投影しているに過ぎないのかも知れないのだから。過干渉が原因だと端的に説明出来る。緘黙も基本的には周囲の愚かさに因る。衣食住さえ整えて自由にしておけば案外幸せそうにしていますよ。どうしても会話や自己表現をさせたいのならば、老人の来歴を調べてその方の専門分野を勉強するのが捷径だが、どうせこんな頁をお読みになる暇は無いですよね。 心理学科では教養を深めよとの窘めにうんざりするものだが、看護や介護では忠告する先生がいらっしゃらないのだろうか。芸は身を助けるのだ。 少なくとも精神疾患の或る一群に適応可能な事実です。精神病もASDも話が合わないから口を噤む場合がある。真に自閉的なのは何か。開放性の低い職員の大多数且つ又は自他の心に耳を傾ける余裕のない状況ではなかろうか。利用者に教師になって貰いそのお礼に身辺の事を引受けるでは不満でしょうか。相互の尊重が社会の前提である。 当然客の側も相手を奴隷だと位置付けてはならない。 _/_/_/_/_/ AIに聞くと皮相的と評せられたので取合わなくて結構ですよ。* * 鯫生が人工知能を使う理由は一般人の反応を予習する為である。良識的な方々ばかりで常識的判断が狂ってしまう。洵に遺憾乍ら此の手法は結構精度が保証されている。身の回りに対する評価は殆ど其の儘自分に跳返るものなのだ。だから抑圧するよりも大様な方がましだろう。

zekku0041

  招賢、平聲三十韻其四。 遐陬汎虺豺。華洛溢淫哇。聖哲今安在。高歌休卷懷。 韻 佳 カイ (上平)、平起、五絶。 遐陬に汎るる虺豺。華洛に溢るる淫哇。聖哲今安くにか在る。高歌して懷に卷くを休めよ。 注釈。遐陬、遠い田舎。虺豺、蝮と山犬。淫哇、みだらな心を起こす音曲。卷懷、韜晦、才能を隠す。 虺の字を虺隤以外で使いたいと思ったので好都合だった。毒蛇の意味の時はキと読む。邪な曲と言えば散々擦るが口松小戸助の主題歌は酷かった。脳を乗取る旋律を用いないのは音楽家の良心ではないのか。それに比べるのは失礼だが今回の夫婦が素晴らしい。劇の内容が空疎で鑑賞に勝えないのが遺憾だが。まあ、現代の騒き衆には客観視の契機として欲しい。一事が万事スキップ即ち邯鄲の歩みなのだから。無論脚本の問題であり演技の質を腐してはいない。簡単な事を初めての様に装うのは非常に高度な技術である。鯫生も子供のような詩が書きたい。