haiku0141
心殻を浸漬しにけり鹿威
心の殻を熟語に約めた語を誰か使っているだろうなと思っていたが、辞書には載っておらず、青空サーチで一件見つかっただけだった。更に現代風に表記するとATフィールド(Absolute Terror Field)となるだろう。作中でも絶対領域は心の壁だと言及しているし。鹿威は禽獣を田畑から遠ざける装置全般を指す。音が鳴るものは添水、鳴子、威し銃抔。迫の太郎や僧都唐臼を傍題としている歳時記もあるが、これは米搗きの機械。音はばったんこで共通しているが。
ところでテーゼやルフランを歌う人は闔国に分布しているが歌詞を理解できているのは何割だろうか。英語も怪しい下々に独逸語や仏蘭西語がお判りになるのか。抑、一つの語族なのだから白亜の島言葉に置き換えられて然るべきだが、パッと出るのか。因みに theme(シーム) [おっと、thesis(シーシス)とすべきでした。1028訂正]と refrain(リフレイン) だ。日常語で奇妙な譬えをだらだら展開されるより三馬身はましなのでこれ以上は不要な芸術批判だろう。とはいえ、哲学が専ら外国語学の現状をどげんかせんないかんが。
先日過去の漢字廃止論を託ったが、昔のムックに当たるとどうも文字進化論なる誤謬が流布していた所為らしい。埃及や中華は欧米に劣るという根も葉もない言葉に感化された自称賢人が複数いた故らしい。技術が発展して象形文字への障壁が消滅し、認知速度の差もあってもはや優位性は失われた。開口一番蟹行文字への憧憬を叫ぶ識者もいなくなった。こういう小論文が載っていた昔のムックは、潜在的な直接の顧客に絞った艶麗な文体の商品掲示も相俟ってよいものだと改めて哀惜の念を禁じ得ない。
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援例したのは大修館の漢字の本だった。巻末の広告欄で広漢和辞典を自薦して坊主、遊んでばかりいずにこれを読めと宣っていた。読書は最上の娯楽だと愚考するがな。家を富ますに良田を買うを用いず書中自ずから千鍾の粟あり。勿論詩題は勧学だが、セーレーカッキンよりは寧ろ楽勉を謳っているように聞こえる。宣伝には定価で六万円とあったが、先日二万円足らずで略新品のを手に入れた。坊主をさらに卑しめて髡豎と云うがこれもこの書から拝借した。全体的に良書だと思う。大漢和もいつか手元に置きたい。
楽勉は昔からあった語だろうが、一応鯫生が二分の一成人式で捻り出し揮毫した語ではある。他にも六送会の言い出しっぺだと主張しておく。暴力団かと親や姉からは突っ込まれたが。それぞれ変換に抵抗が無いのを見るに、同時多発的に全国で賢しらな学童が駆動され(driven=motivated,moved)て口にしたのだろう。造語癖が健全に働けばかっけーで済ます脚気に居る座人(云う迄もなくoryzaninの捩り)もましになるかもしれない。穀物統制と言語搗精を進めてきた青蚨の徒がいるならばこれ以上の痛手はないだろう。チョベリグやチョベリバと鳴いていた言語性ベリベリ(beriberi;シンハラ語)患者とは一線を画しているだろうと自画自賛しておく。抑、超 very good なのか ちょい very good なのか不明だ。蘞いと喚く雪消えばは貴様の同年代だ?知らない人ですね。周りに華字を齧らない者はいないので。
日本語に正書法はそぐわない。言語は情理だ。
寝不足だと筆が滑る事。
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